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演繹的方法 |
目次
観察________________________________
解説_______________________________
適用_______________________________
1.伝達ー「何」と「どのように」
*伝達の17%は「何」ということに関している
*伝達の83%は「どのように」ということに関している
聖書の例:
「人々は、その教えに驚いた。それはイエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。」マルコ1:22
「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけません。」マタイ23:23
2.私たちに対する神の「何」と「どのように」の伝達
「どのように」ということが私たちの信仰に対する根本的なことである。
書かれたみことばが「何」を言っているかを理解するように「どのように」ということも理解しなければならない。
生けるみことば
「神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。」
へブル1:1-3
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとからこられたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」
ヨハネ1:14
は以下のことではない
1.神学論文ではない。
*完全に完成された教えや教理は聖書の一箇所だけには書かれていない。
*神はご自身を関係と教えを通して現された。
*組織神学はあるテーマをほかのものよりも強調することがよくある。
2.中心主題の収集ではない。
*再び:聖書のどこにも完成された教えを見い出すことはできない。
例:黙想や祈りについて完成された研究を見つけることはできない。それぞれの主題については十分書かれてあるが、完成した研究の形はなく―それは見出されなければならない。神はある主題の研究やインフォメーション(知識)などを通してご自身をお現しになるつもりではない。神ご自身を現されるときは、それは決して教理ではなく、いつも関係を通してである。
3.章と節の収集ではない。
*1300年余りの間、教会は、章と節の付いていない聖書を用いていた。
*1228年:中世の大司教ステファン ラングトンによって、初めてヴルガタ訳聖書(中 世におけるローマカトリック教会公認聖書)が章に分けられる。(ヴルガタ訳はジェロームによってへブル語とギリシャ語からラテン語へ訳された聖書)
*1551年:フランス人印刷業者、ロベルト ステファナスがギリシャ語新約聖書に章と 節を付ける。同じ年、フランス、リヨンにて彼はギリシャ語新約聖書を出版する。
*1555年:ロベルト ステファナスが全聖書をギリシャ語で出版。
*章、節の区切りは聖句を探すときに役立つが、時に本文の流れをさえぎることがある。 例えば、「キプロス生まれのレビ人で、使徒たちによってバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれていたヨセフも、畑を持っていたので、それを売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。ところが、アナニヤという人は、妻のサッピラとともにその持ち物を売り、妻も承知のうえで、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。」使徒4:36-5:2
66巻からなるひとつの書物
「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、 関節と骨髄 の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます 。」へブル4:12
適用
a. どのようにわたしたちが神のみことばを勉強するかを考え直す。
*本として考える。
b. みことばを学ぶためにもう一度神に自分をささげる。
*神に対する飢え渇き(詩篇42)
c. 学ぶ必要を再認識する。
*新しいことを学ぶために古いことを捨てる。
*心と思いを開くこと―すべてのことは知っていないと認識する。
d. 愛のうちに自分自身を置く―キリストの体のうちにある兄弟姉妹に対して。
帰納的方法: 演繹的方法:
1.先入観にとらわれず開かれた思いを 1.自分が真理だと思うことを
もって聖書を学ぶ。 すでに決め込んで聖書に向かう。
2. 発見したいと願う。 2.自分が真理だとすでに決めた
ことを実証したい。
3.結論は最後に出す―結論から始めない。 3.結論から始まる―自分の意見に
合うような文を探す。
4.文脈に沿って聖書を学ぶ。 4.断片的に学ぶ。
5.間違いを正すために有益な方法。 5.間違いを支持する可能性
がある。
帰納的方法アプローチの特質:
聖書についての本ではなく、聖書そのものを読む。
文脈に沿って聖書を読む。
あらかじめもっている考え方を捨てて聖書を読む。
神の目を通して聖書を読む―神により頼みながら。
聖書を読む。
聖書を読む。
とにかく、聖書を読む。
1 観察: 本文の言っている事は何か。
2 解釈: 実際の聞き手、読み手に対しどんな意味があったか。
3 適用: テキストは私に対してどんな意味をもつか。
そしてどのように自分自身の生活に適用出来るか。
= 宣言: どのようにこのみことばは伝えられるのか。
このステップはいつもこの順序でなされる。
まず観察がなされ次に解釈される。この二つが聖書の適用に導く。そうした時に聖書にある真理を伝えることが出来る。
帰納的研究=一歩一歩:
a. 祈る
b. あまり難しく考えずに通読する。
c. 書全体にわたる大意を捉える。
d. 自然な形で書全体を区切る。
e. 分けた個所にタイトルをつける。
f. それぞれの分けられた部分を徹底的に分析、観察する。
g. 分けられた部分同士の関わり合いを観察する。
h. 分けた部分をそれぞれ要約する。
i. 解釈と適用。
j. 宣言。
観察はあらゆる聖書研究の始発点であり土台である。もしテキストを正しく観察しなければ正しく解釈することは不可能である。 また、自分の人生にふさわしく適用する事も出来ない。
もし観察と正しい解釈がなくみことばを適用しようとすると、私たちは神の意思に反する者になるかもしれない。そして、もし初めに観察、解釈、適用をしないうちにみことばを伝えようとすれば、おそらく歪められた福音を語る可能性がでてくる。そのうえ、神ご自身をあやまって伝える可能性もある。
私達は探偵のように考え方を展開していかなければならない。優れた探偵はすべての可能性ある手がかりを調査することから始め、決して先入観に捕らわれた結論からは始めない。
探偵の仕事は他の人なら見落とすようなすべての手がかりを注意深く観察し物事を発見することにある。優れた探偵は細かいことを決して無視しない。すべての手がかりを常に細心に調査する。
一番良い聖書探偵になるように頑張りましょう!!!
観察のモットーは見る、見る、見る。
まず始めにする事は、テキストが何を言っているのかを発見すること。
用語の観察:
用語は文脈に沿う言葉。
例1: 使徒行伝における「私たち」という言葉。
使徒1:21-22=
使徒11:15=
使徒16:17=
例2:ロマ書における「肉」(ギリシャ語でサルクス)という言葉。
ロマ8:12=
ロマ7:5=
ロマ1:3=
ロマ3:20=
ロマ2:28=
聖書を帰納的方法で学ぶ鍵は、正しい質問ができるようになることです。
リポーターになるためのトレーニングをする場合、5W1Hについて学びます。
誰、何、いつ、どこ、なぜ、どのように。
これらの一部またはすべてを使い、すべての書に対して質問をします。
更に:
*繰り返されている言葉、テーマ、考え、など。
*命令、約束、警告、助言、予言。
*連結語、接続語。
*雰囲気。
*比喩。
学びを続けていくうちに、もっと多くの観察項目があることに気付きます。観察をする時は上のリストだけにとらわれないようにして下さい。
「何」
自分自身で見つけてください。
「本は骨の上に肉をつけ服をまといながらあなたの前にあらわれます。 しっかりとドレスアップしているのです。服を脱がせ肉を切り裂き手足をバラバラにして、その柔らかい表面下にある固い組織の構造を剥き出しにする必要はありませんが、X線を通して見るように読まなければなりません。どんな本であれ理解するにはその構造を把握することが必要不可決です。」(本の読み方。アドラー&バン・ドレン。p75)
「何」を伝達する構造の型:
a. 地理 「どこ」という場所にまつわる事柄に対する構造。
b. 年代 「いつ」という時間にまつわる事柄に対する構造。
c. 人物 「だれ」という人に関わる事柄に対する構造。
d. 論理 「どのように」という考え方の発展。論点のポイントをつかむ。または問題提
起。
e. 歴史 「なにか」出来事に対する構造。
複数の要素があっても、その中で何が書の構造の決め手となっているかを観察します。
「何」が言われているか。
―場所、時間、人々、他。
いずれにせよ、上記のことがどのように伝達されているかを発見します。
「どのように」
著者は芸術家のように、文章構成の法則を用いて、パラグラフ、セグメント、セクション、ディヴィジョンを編成し書物をまとめます。文章構成の法則は著者のスタイルを反映し、書物の中にこちら側から強制することなく現れています。これは発見されるものであって自分の考えをテキストに押し付けてはいけません。文章構成の法則の理解は、著者が何を伝えたいのかを見極めるために役立ちます。
以下のことを観察:
1.比較 2.対照
類似点を見せるために事柄を比べる。 前後で見られる、異なること、反対のこ
似ていること。 とを判断。似ていないもの。
型:A1A2A3A4 型:A1B1C1D1
例:ロマ7:1-6 例:使4:36-5:1
3.反復 4.継続/発展
同じ言葉、フレーズ、考えを繰り返す。 これはある箇所において貫かれている
特定のテーマの広がり。著者は何度も
型:AAAA 言っていることに広がりを見せたりつけ
例:使徒の働きでのパウロの証言 加えたりする。反復に似るが発展がある。
型:AAAA
例:ルカ15章の「失われた者」の3例
5.クライマックス 6.決定的/転換点
小さなことからより大きなことへと発展し、 あることが方向性を変える転換点 高点ができる。単純に発展の延長で下がる前に となる。 頂点に達する。
型:AAAAAB
型:AAAAAA C
例:ヨブ、黙示録、伝道者の書 C
C
例:マルコ8:27-30、
サムエル記11章、12章の間
7.交互 8.交錯
継続している流れの中で、2つ以上の事柄、 2つ以上のテーマが中心点で出会うよう、考え、性質が交互にあらわされる。 対照的に配置されている。
型:ABABAB 型:ABCDCBA
例:ルカ1-3:A.ヨハネの誕生告知:B. 例:ヤコブ書
イエスの誕生告知:A.ヨハネの誕生:B.
イエスの誕生; Ⅰサムの幕開けとなる章。
9.最重要点/比重 10.質問
強調と否強調(述べられていることといない 質問を投げかけるが、通常その答えが
ことに着目。それぞれの異なった題材に著者 後に伴う。同じ質問や問答が繰り返され
が費やしている量の差をみる。) る場合もある。
型:abcDe 型:a?b A?B
例:福音書はイエスのこの世での最後の 例:マラキ;ローマ6-7;
一週間について多く述べている。 ハバクク
創世記
11.放射 12.教えと適用 複数の点が中心点または1つの点へ。 神学的考え、概念がまず述べられて、
またはその逆。全てのものが中心点 追って、それらの原則をどのように
またはテーマに結びつく。 行うかを指示する。
例:ピレモン10節;ピリピ2:1-11; 例:エペソ;コロサイ
Ⅰコリント13
13.問題から解決へ
著者は問題点をリストし、それらに解決を
与える。
型: ?・・・!
例:ガラテヤ;Ⅰコリント;ユダ
文学形態は解説するために重要です。本の学びに入る前に、まず初めに読者が知っておかなければならないことは、本の著者が何を意図しているかです。言いかえれば著者はどんな文学諸形態を用いたかを知ることです。
聖書で用いられている文学形態の例: 注-以下のことが全てではありません。
1. ドラマ:劇のように演じたり読んだりできる文学作品。黙示録、ヨブ、雅歌、ほか。
2. 書簡:手紙。書簡とは離れたところにいる2者間の書面による伝達方法で、個人のプライベートなこと、公的なことどちらにおいても。(eg.パウロの書簡、ほか)
3. たとえばなし:短く記述的で、通常1つの真理を教え説くか1つの質問に答えるようになっている。たとえばなしは聞き手に道徳や宗教などから興味をそそるような描写をもって引き出される。
4. 作品集:詩集、または他の諸書の作品集で、大体において様々な本や書き物から同じ題材のものを選び出している。箴言、詩篇。
5. 福音書:「よき知らせ」。イエスの働きと教えについて年を追って記されている4記事のそれぞれ。各福音書の性質は使徒からの伝承。12弟子の一人、または彼らのそばにいた信頼できる改宗者によって書かれた、目証されているキリストの記事。(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)
6. ヘブル詩:新旧約共に様々な構成が特徴。数種のリズム、韻、比喩の型。多く詩は生き生きとした描写を持ち、本来は音楽のために用いられるよう構成。特にヘブル詩は並行法に富み韻を踏むが、今日、20世紀以降それは存在しない。(例・詩篇、伝道者の書、箴言、ヨブ)
7. 歴史的叙述:物語、年代記的に書かれた歴史的記事。(例・創世記~エズラ記、福音書、使徒の働き)
8. 黙示(終末論):高度な様式化された文学の一種で、その書自体が定めた象徴や用語で記されている。この種の文学は、夢、幻、象徴的描写など形象に富んでいる。天の御座におけることがしばしば中心となる。黙示文学は1つの終わりを表すことがよくあるが、その時代の国際的文化に照らし合わされている。(例・エゼキエル、ダニエル、ゼカリヤ、黙示録)
9. 契約文書:文学の一部分に2者間の関係条件が含まれる。聖書の中での契約文書には、相互間、宗主、約束など幾つかの型がある。(例・申命記)
10.教訓:論理と説明がそれ自身の情報提示の中で特徴付けられている、書かれた教え。
この文学の目的は、より深い理解を与えること、またはある特定の状況を矯正し、この状況下にある、メッセージの本来の受け手が直面している事柄を対処すること。(例・ローマ書、ガラテヤ書、テトス)
11.論理と対談:文学の一部で理由を用いて、読み手、聞き手を説得する。しばしば、複数の考え方をまとめて持ちだし、ことを証明したり、争点を引き出したりする形をとる。 (例:ローマ書)
12.主題:本来の聞き手、読み手に何か関係し、取扱われたこと、または、それらの人々がその時に興味を抱いていたこと。(例・エレミヤ、マタイ)
13.知恵文学:これは教訓ではなく、常に全体を読み、文脈を見なければならない。 (例・ヨブ、伝道者の書)
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パウロの手紙:個人宛 |
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テモテへの手紙第Ⅰ |
テモテへの手紙第Ⅱ |
テトスへの手紙 |
ピレモンへの手紙 |
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パウロの手紙: 教会宛 |
テサロニケ人への手紙第Ⅱ |
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ヘブル人への手紙 |
パウロ以外と 黙示録 |
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テサロニケ人への手紙第Ⅰ |
ヤコブの手紙 |
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コロサイ人への手紙 |
ペテロの手紙第Ⅰ |
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ピリピ人への手紙 |
ペテロの手紙第Ⅱ |
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エペソ人への手紙 |
ヨハネの手紙第Ⅰ |
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ガラテヤ人への手紙 |
ヨハネの手紙第Ⅱ |
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コリント人への手紙第Ⅱ |
ヨハネの手紙第Ⅲ |
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コリント人への手紙第Ⅰ |
ユダの手紙 |
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ロ―マ人への手紙 |
ヨハネの黙示録 |
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使徒の働き |
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マタイの福音書 |
マルコの福音書 |
ルカの福音書 |
ヨハネの福音書 |
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歴史書 |
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書 (5) |
創世記 |
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ヨブ記 |
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イザヤ書 |
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出エジプト記 |
詩篇 |
エレミヤ書 |
大 (5) |
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レビ記 |
箴言 |
哀歌 |
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民数記 |
伝道者の書 |
エゼキエル書 |
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雅歌 |
ダニエル書 |
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歴史 (12) |
ヨシュア記 |
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ホセア書 |
小 (12) |
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士師記 |
ヨエル書 |
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ルツ記 |
アモス書 |
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サムエル記第Ⅰ |
出来事 |
体験 |
期待 |
オバデヤ書 |
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サムエル記第Ⅱ |
過去 |
現在 |
将来 |
ヨナ書 |
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列王記第Ⅰ |
神の働き |
神の方法 |
神の考え |
ミカ書 |
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列王記第Ⅱ |
語り |
詩 |
預言 |
ナホム書 |
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歴代誌第Ⅰ |
契約の人々 |
契約の実行 |
契約を語る人 |
ハバクク書 |
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歴代誌第Ⅱ |
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ゼパニヤ書 |
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ハガイ書 |
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ネヘミヤ記 |
ゼカリヤ書 |
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エステル記 |
マラキ書 |
ギリシャ語のエピストレ(書簡)は「書かれたメッセージ」の意。文学形態の種類の一つ。
書簡体は新約聖書においてよく使われる形態。1世紀において使われた書簡形式は現在20世紀の形式と異なります。
1世紀(新約時代)の書簡形式: 20世紀(日本)の書簡形式。
1.送り主の名前。 1.挨拶。
2.受取人の名前。 2.内容。
3.挨拶。 3.結びの挨拶。
4.祝福の祈り。 4.送り主の名前。
5.内容。 5.受取人の名前。
6.結びの挨拶。 6.日付。
新約聖書の書簡は:
・ある特定の目的のために書かれた。
・ある特定の著者によって書かれた。
・ある特定の人達に対して書かれた。
・特定のことを要求するため、または特定の事柄を扱うために書かれた。
言葉がどのようにかかわりあっているかを調べる。
六つの主な分野:
1.時 4.対照
2.理由 5.比較
3.目的. 6.条件
時: 対照:
(異なるものの関係)
今
以前 けれど
すぐに にもかかわらず
時/すると しかし
その後 いずれにせよ
以来 だが
まで か、など。
間に、など。
理由: 比較:
(似ているものの関係)
だから
なぜなら 及び
ための ような
それゆえ 加えて
そうして
も、など。
目的/結果: 条件:
ために もし・・・すれば、など。
それゆえ、など。
1.SIMILE 直喩
あるものを他の本質的に異なったもので直接比較する
「・・・に似た」「・・・のような」「そのように」など
例 詩篇 1:3“その人は、水路のそばに植わった木のようだ。”
2.METAPHOR 隠喩・暗喩
あるものが他のものによって表現される比喩。
例 マタイ 5:14 “あなたがたは、世の光です。”
3.パラドックス・逆説
論理的な考え方に反する矛盾したような陳述。
例 マタイ 16:25“いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。”
4.HYPERBOLE 誇張
大げさに表現。惑わそうとするからではなく、誇張し、印象を強めるため。
例 ガラテヤ 4:15“・・・もしできれば自分の目をえぐりだしてわたしに与えたい”
5.RHETORICAL QUESTIONS 修辞的疑問
質問形だが答えを必要としているのではない。受け手が事の成り行き、その結果等を考慮するようにしむける。
例 コリント1 1:13“キリストが分割されたのですか。”
6. IRONY 反語・風刺・皮肉
言われていることと違ったこと、または正反対のことを意味する表現法。ユーモア・皮肉の効果をねらう。
例 コリント1 4:8“あなたがたは、もう満ち足りています。もう豊かになっています。私たち抜きで、王さまになっています。いっそのこと、あなたがたがほんとうの王さまになっていたらよかったのです。
そうすれば、私たちも、あなたがたといっしょに王になれたでしょうに。”
7.ANALOGY 類似
異なったものにある、多数の類似性を示す完全比較。
例 ヨハネ 15:1-9“ぶどうの木とその枝”
8.PERSONIFICATION 擬人法
生命のないものや、動物を人間の性質をもって表現する。
例 イザヤ 24:23“月ははずかしめを受け、日も恥を見る。”
9.EUPHEMISM 婉曲
遠まわしに鋭くならないように表現する。
例 創世記4:1“人は、その妻エバを知った。”
10. アポストロフィー・頓呼法
物に対して人格があるように呼びかけたり、その場にいない人や架空の人物に対して、あたかもその場にいるかのように呼びかける。
例 コリント1 15:55“死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。”
11.イディオム・熟語・慣用句
特定の人にしか意味をなさない特有の表現。
例 士師 15:1“…サムソンは…「私の妻の部屋にはいりたい。」と言ったが…”
12.ANTHROPOMORPHISM 神人同形同性質表現法
人間の形態や行動の属性を神にあてはめて表現する。
例 イザヤ 59:1“見よ。主の手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。”
13.LITOTES 緩叙法
控えめに表現する。「誇張」に対する表現方法で「反語」としてよく用いられる。
例 使徒 15:2“…少なからぬ紛糾…”(口語訳)
14.METONYMY 換喩・転喩
ある言葉に置き換えて他のことを表現する。
例 ローマ 3:30“割礼のある者”とは“ユダヤ人”のこと。
15.SYNECDOCHE 提喩
あるものの一部分を述べることによって全体を意味させる表現。
例 ガラテヤ 1:16“…血肉に相談もせず…” (口語訳)
象徴的表現法
TYPES 型・象徴
ある事やこれから出現する人物の予表、ひな型。
旧約時代の人物やでき事はしばしば、新約時代の人物やでき事のひな型です。
例 コリント1 5:7 過越しはキリストのあがないの影。
SYMBOLS シンボル
これは、通常の意味に霊的な意味合いをもたせるものではありません。目に見えない概念をイメージ化し、視覚としてとらえるのです。シンボルの意味を解くことに私的な解釈をほどこしたり、こじつけたりしてはいけません。書き手の意図していることを、文化的背景、解説の原則、書全体に渡るメッセージによって見い出していかなければなりません。多くの場合、著者自身の具体的な定義を考慮に入れるべきです。
黙示録には、シンボルが多く出てきます。 例 1:12,20
パラグラフタイトルの規則:
* テキストを注意深くもう一度読む。パラグラフごと。
* タイトルは四単語以下におさえる。(それ以上の言葉は使わない)
* 選ばれる言葉はそのパラグラフの中にあるものを使う。自分で言葉を考えない。
* そのパラグラフの中に書かれている順番やフォームを変えない。
* なるべく接近している単語で作る。
* 似ているとしても、同じタイトルを二度作らない。
* コロン、ハイフン、スラッシュ、矢印などを用いてもよい。その辺は独創的に。
パラグラフからパラグラフの流れに考えのまとまりを見つけてください。もしパラグラフタイトルがそのパッセージの主題をつかめばタイトルだけを読み合わせてその書の理論や考え方を理解することが出来ます。
使徒の働き
読むたびごとに、これらの質問に答えるよう考えながら進めてください。ここでの情報はホリゾンタル・チャートを作成する事と、解説に取りかかる事への助けとなります。まず、内的証拠(学んでいる書の中から)を用いること、そして外的証拠(聖書の中にある他の書)へ、最後に、聖書以外の文献に触れるようにしてください。
自分の出した答えを保ち、支持して行くには、どうしてそのような結論にたどり着いたのかきちんと説明しなければなりません。(講義でそう聞いたという答えはいけません)聖書以外の文献を用いた場合、その出どころを明確に示してください。他の文献からよりも聖書から自分で発見するなら、得ることはさらに多いでしょう。
質問を書き写し、答えを書いてください。
鑑識方法:
1.誰が書いたか。
2.いつ書かれたか。
3.誰に宛てて書かれたか。
4.どこで書かれたか。
歴史的方法:
書の歴史的背景は何か。
文学的方法:
文学の種類。
―理由。
概括的方法
1.この書が一番言いたいことは何か。
2.この書が書かれた主な理由は何か。
基本的インフォメーション(B.R.I.)
書簡と黙示録
これらの書は下記の質問事項に答えます。書を読む度ごとにこれらの質問に答えるよう考えながら進めてください。ここでの情報はホリゾンタル・チャートを作成する事と解説に取りかかる事への助けとなります。まず、内的証拠(学んでいる書の中から)を用いること、そして外的証拠(聖書の中にある他の書)へ、最後に、聖書以外の文献に触れるようにしてください。
自分の出した答えを保ち、支持していくには、どうしてそのような結論にたどり着いたのかきちんと説明しなければなりません。(講義で聞いたからという答えはいけません)聖書以外の文献を用いた場合、その出どころを明確に示してください。他の文献からよりも聖書から自分で発見するなら、得ることはさらに多いでしょう。
質問を書き写し、答えを書いてください。すべての質問に答えられない場合もありますが、それは授業で触れていきます。
鑑識方法:
1.誰が書いたか。
2.いつ書かれたか。
3.誰に宛てて書かれたか。
4.どこで書かれたか。
歴史的方法:
1.この書の歴史的背景。
2.その教会がいつ立てられたか。
3.その教会を構成している人達は。
4.教会の長所と短所。
文学的方法:
文学の種類。
概括的方法:
1.この書が一番言いたいことは何か。
2.この書が書かれた主な理由は何か。
基本的インフォメーション(B.R.I.)
歴史的物語
これらの書は下記の質問事項に答えます。書を読む度ごとにこれらの質問に答えるよう考えながら進めてください。ここでの情報はホリゾンタル・チャートを作成する事と解説に取りかかる事への助けとなります。まず、内的証拠(学んでいる書の中から)を用いること、そして外的証拠(聖書の中にある他の書)へ、最後に、聖書以外の文献に触れるようにして下さい。
自分の出した答えを保ち、支持していくには、どうしてそのような結論にたどり着いたのかきちんと説明しなければなりません。(講義でそう聞いたという答えはいけません)聖書以外の文献を用いた場合、その出どころを明確に示してください。他の文献からよりも聖書から自分で発見するなら、得ることはさらに多いでしょう。
質問を書き写し、答えを書いてください。全ての質問に答えられない場合もありますが、それは授業の中で触れていきます。
鑑識方法:
1.誰が書いたか。
2.いつ書かれたか。
3.誰に宛てて書かれたか。
4.どこで書かれたか。
歴史的方法:
この書の歴史的背景は何か。下記の質問に答えてください。
1.この時期、イスラエルの歴史の中で神は何をしておられたか。
2.神は、どんな人々または指導者を用いていたか。コメント。
3.周りを取り巻いていたのはどこの国か。この書においてその国々の重要性は。
4.イスラエルの敵は誰か。
5.イスラエルの霊的状況は。
文学的方法:
1.書の主な文学の種類。
2.書で用いられている他の文学の種類も挙げ、その引照も書き出す。
概括的方法:
1.この書が一番言いたい事は何か。
2.この書が書かれた主な理由は何か。
基本的インフォメーション(B.R.I.)
預言書
これらの書は下記の質問事項に答えます。書を読む度ごとにこれらの質問に答えるよう考えながら進めてください。ここでの情報はホリゾンタル・チャートを作成する事と解説に取りかかる事への助けとなります。まず、内的証拠〈学んでいる書の中から〉を用いること、そして外的証拠(聖書の中にある他の書)へ、最後に、聖書以外の文献に触れるようにしてください。
自分の出した答えを保ち、支持していくには、どうしてそのような結論にたどり着いたのかきちんと説明しなければなりません。(講義でそう聞いたという答えはいけません)聖書以外の文献を用いた場合、その出どころを明確に示してください。他の文献からよりも聖書から自分で発見するなら、得ることはさらに多いでしょう。
質問を書き写し、答えを書いてください。全ての質問に答えられない場合もありますが、それは授業の中で触れていきます。
鑑識方法:
1.誰が書いたか。
2.いつそれは預言されたか。
3.誰に宛てて預言されたか。
4.どこで預言されたか。
5.いつ書かれたか。
6.誰に宛てて書かれたか。
7.どこで書かれたか
歴史的方法:
1.世界勢力の政治的状況はどうだったか。
2.イスラエルとユダの政治的状況。
3.同盟国、または重要な戦い。
4.イスラエル、ユダ、周りの主な国の宗教的状況。
5.同時代の預言者を挙げる。
文学的方法:
書の主な文学の種類。
書で用いられている他の文学の種類も挙げ、その引照も書き出す。
概括的方法:
1.この書が一番言いたいことは何か。
2.この書が書かれた主な理由は何か。
基本的インフォメーション(B.R.I.)
知恵文学
これらの書は下記の質問事項に答えます。書を読む度ごとにこれらの質問に答えるよう考えながら進めてください。ここでの情報はホリゾンタル・チャートを作成する事と解説に取りかかる事への助けとなります。まず、内的証拠(学んでいる書の中から)を用いること、そして外的証拠(聖書の中にある他の書)へ、最後に、聖書以外の文献に触れるようにして下さい。
自分の出した答えを保ち、支持していくには、どうしてそのような結論にたどり着いたのかきちんと説明しなければなりません。(講義でそう聞いたという答えはいけません)聖書以外の
文献を用いた場合、その出どころを明確に示してください。他の文献からよりも聖書から自分で発見するなら、得ることはさらに多いでしょう。
質問を書き写し、答えを書いてください。全ての質問に答えられない場合もありますが、それは授業の中で触れていきます。
鑑識方法:
1.誰が書いたか。
2.いつ書かれたか。
3.誰に宛てて書かれたか。
4.どこで書かれたか。
歴史的方法:
この書の歴史的背景:
1.この時期、イスラエルの歴史の中で神は何をされていたか。
2.神は、どんな人々または指導者を用いていたか。
どんな重要なことをその人々はしたか。
文学的方法:
書の主な文学の種類。
書で用いられている他の文学の種類も挙げ、その引照も書き出す。
概括的方法:
1.この書が一番言いたい事は何か。
2.この書が書かれた主な理由は何か。
観察のモットーは見る、見る、そして見ること。観察とはテキストが何といっているかを見る事でその意味が何であるかを探究することではありません。それはテキストに何とあるのかを見ることです。
1.繰り返し言われている事を見つける:
言葉、フレーズ、考え、テーマ。
2.キーワード、キーテーマを見つける:
その箇所を理解する上で鍵となる事です。
3.誰のことか:
・主な人物はだれか。(含:神)
・代名詞を観察する。その代名詞は誰を指して言っているのか。
4.何のことか:
・どんな出来事が起こっているのか。
・これらの出来事の順序は。
・何と言われているか。ほか。
5.いつのことか:
・時に関わる言葉を見る:以前、後、間、そして、まで、ほか。
・過去形、現在形、未来形のいずれか。
6.どこのことか:
・言われている場所や位置に注目する。
・地図を用いて、地理的なことを把握する。
7.どのように:
・どのように起こったのか。
・どう可能なのか。
8.書やその箇所において用いられている文学の種類に注意する:
歴史的物語、福音書、黙示文学、書簡、教訓、ほか。
9.構造と構成を観察。
10.接続詞に注目。
理由、結果、結論、対照、比較、条件等を表わす言葉、それゆえ、しかし、だが、そして、
もし、など。
11.比喩を観察。
12.命令、助言、約束、警告、予言を観察。
13、雰囲気、ムード、感情を観察。
14.質問を観察:
・どんな質問がなされ、それに対する答えは。
・修辞的疑問法。問題提起をし、それによって、読者に考えさせる。
15.描写:
みことば、日々の生活環境、個人的体験等から、描写していませんか。
16.著者による引用に注目。
17.強調語を観察:
まことに、見よ、確かに、私パウロが、あなたがたに言う、ほか。
18.リストの観察。
リストを書き出す。そこに発展は見られるか。
19.発展を観察。
・著者は考えや感情をクライマックスへ導いているか。
・一般的なことから具体的なことへ導いているか。
・質問を答えに導いているか。
・ある定義を描写しているか。
・教えを適用に導いているか。
・必要な事に解決を与えているか。
20.対照を観察。
・分かりやすく、「しかし」と言う接続詞で表わされているもの。
・考え、性質、出来事、概念、態度など、より幅広く対照となっているものに注意する。
21.比較を観察。
・「ように、ような」「として」という言葉が使われる。
・考え、性質、出来事、態度など比較されるものを記す。
22.著者が述べている要点を観察。
「それゆえ」「ですから」「最後に」などの言葉に目を留める。
23.書や箇所の初めと終わりを観察する。
24.著者の争点より彼の理論を見つける。
25.自分の理解できない箇所をリストにする:
言葉、言われていること、神学的概念等の意味。
26.段落の要点を自分の言葉でまとめてみる。
解説とは本来の受け手にとって、書またはパッセージがどんな意味を持っていたかを見きわめる事です。
解説は21世紀の読み手にとってではなく、もともとの聴衆にとって意味することです。そこには著者の観点、その時代の聴衆の観点を理解することが含まれます。時に、その中にも2つのことを理解する必要があります。例えば、福音書ですが、まず、イエスの言葉が当時の聴衆にどうインパクトを与えたか考慮します。そして、福音書を受け取った初めの読み手がその言葉をどう理解したかをも考慮します。
解説は観察の上に成り立ち、完全な観察はより良い解説を与えてくれます。
観察-テキストが何と言っているかに焦点をあてること。
解説-何故そう言われたのか、それはどういう意味だったのか。
「解説とは説明、または何かの意味を述べること」‐pg . 41. Joy of Discovery
聖書研究第2ステップへの助けとなる質問のリストを次に挙げます。これらの質問は書全体の流れをつかむかたちの上でも、または、特定のパッセージ、セクション、セグメントにおいても応用できます。
1.書またはパッセージの歴史的状況は何か。
・誰に言われているのか。
・テキストから、著者や読み手が気遣っている事、質問、感情、性質、啓発されている事、
長所、短所など解ることは。
・文化的なことで考慮しなければならないことは。
・この出来事はいつ起こったのか。
・ここで言われていることは、著者の時代に地域的なことにおいて適用させる事なのか、信
者全てにとって普遍的なことなのかを見究める。限定的なことか、時代に関係ないのか。
2.この文学の形態は解説にどのような影響を及ぼすか。
3.書簡では、信者がどのような質問をし、どのような葛藤を覚えていたかテキストから見極
める。
これは電話の会話の一方を傍受しているようなものです。例えばパウロの手紙では、私達
にパウロの言っていることは分かります。しかし、同時にそこで会衆はどのような質問や
考え方をしていたかをも考慮にいれるべきで、それらにたいしてのパウロの反応がそこに
表れているのです。
4.構造と構成の要素を解説する。
・書やパッセージにおいてどんな構成や構造が用いられているか。
・それらは著者の意図していることを理解する上でどう影響するか。
5.文脈に気をつける。
・この箇所は書全体のメッセージにどう当てはまるのか。
・前後の段落との関わりはどうか。
6.これは文字どおりか比喩的表現か。それに基づいて解説する。
7.テキストに「なぜか」と問い続けながら進める。
8.意味を考えながら。
・言葉、フレーズ、定義、パッセージ、神学概念の意味を考えながら。
・著者にとって意味すること。
・その聴衆にとって意味すること。
さらに発展させ:
・このパッセージや書の中で、または、同じ著者による他の書において、その言葉、用語、
概念はどう用いられているか。
・辞典、コンコーダンス、手引書を用いる。
・母国語の辞典を用いる。
・これらを通し解ったことを、学んでいるパッセージの本来の文脈の中に関わらせていく。
9.著者自身が解説していないか。
・書の書かれた目的を明らかにしていないか。
・著者自身が、シンボルの意味を解説していないか。
10.引用されているみことばで重要な事。
引用されている箇所を見、その文脈を観察する。なぜ、この箇所を引用したのか:
・証明するためか。
・真理を描写するためか。
・著者の争点を支持するためか。
・パッセージの感情に貢献するためか。
11.観察したことで重要なもの:
・繰返し使われている言葉、フレーズ、考え、テーマ。 ・質問と答え。
・鍵となる言葉とテーマ。 ・強調されていること。
・誰、何、いつ、どこ、どのように。 ・要点。
・接続語。
12.解説する:
・比喩。 ・リストをつくる。
・命令、助言、約束、警告、予言。 ・対照。
・雰囲気、ムード、感情。 ・比較。
・表現。 ・著者の論理。
13.聖書辞典、コンコーダンス、百科事典、地図、歴史的背景などを参考にし、答えや更な
る情報を得る。
14.書、またはそのディヴィジョン、セクション、セグメント、パラグラフの要旨を書き出
す:「著者は~な事をいっているようだ。」
15.別訳の書でその箇所を読む。
16.20の誤読(詳・次ページ)の中での誤りをしていないか。
17.自分で観察、解説したものをまとめ、熟考、反映させる。
・自分の解説は聖書の他の箇所に矛盾しないか。
・新約は旧約を解説し、明白なパッセージは不明確であいまいなパッセージに光を当てます。
18.注解書を用いる。
・用いるのは最後。1つの手段であり、支えとはしない。
・注解書と対話をする。
・その注解書から何を得たか。
・それ(著者の結論)に同意するか、しないか。
19.難しくなったら、路線を外れていないか確かめ、もう少し十分な観察をしましょう。
1.不正確な引用:聖書のテキストが参照されているが、どんな標準訳とされるものにおいても、そのテキストはそのように引用されていないか、間違っているか。
2.曲訳:聖書のテキストが、確かなギリシャ語学者との一致を気にすることなく再翻訳されている。
3.聖書をフックとする:みことばを主に聴衆の心をつかむために用いるので聖書的でないメッセージになっていく。(みことばに重点のないあまりにも疑わしいものは聴衆を失います。)
4.前後の文を気にしない:みことばが引用されるが、そのみことばを成り立たせ、意味を与える前後の箇所を取り除いてしまう。
5.内容に関連がない:あまり、または全く関連性のない2つ以上のみことばを一緒に持ち出し、それらをもってその一方をコメントする。
6.細かすぎ:テキストにあることを超えた詳細や具体化した結論をつくる。
7.言葉遊び:翻訳というプロセスを通っている言葉やフレーズを、あたかも霊感された原語のように受け取り、試し、解釈する。
8.比喩の取り方の誤り:文字通りに取るところを比喩とする、または比喩を文字通りに取る間違い。
9.予言的預言を推測的に取る:予言が特定の出来事の発生によって、即座に結び付けられる。
10.載っていない事を言う:「聖書にはこのようなことが書いてある」と言っても、そうは書いていない。それどころか全く書いてない場合もよくある。
11.選択的引用:争点を論証するのにテキストを限られた数箇所からしか引用しない:そこで言われることは聖書の総合的な教えと異なった結論に到達する事がある。
12.証拠不十分:十分立証されていない事を軽率に一般原則化する。
13.支離滅裂な定義:聖書で言われていることの誤解。中心的聖書教義が曲げられたり、省かれたりしているので、そのようなことが起こる。
14.選択的表現の無視:ある特定の解釈が聖書のテキストに施される。それはそのように取って間違いではないかもしれないが、それとは違うかたちに解釈されてもいる。そのような選択性を考慮しない。
15.「明らかな」間違い:「明らかに、疑いなく、確かに、思慮あるものはみな・・・」などの言葉を論拠とする。
16.関連性による美徳:その教えの全部、または大部分が伝統的キリスト教徒により権威を与えられたものだが、確かなみことばの教えそのもののメリットによるものではない。
17.奥義的解釈:この解釈者は、聖書は隠されたなぞの意味を持ち(個人的、秘密的、ほんの少数の人にしか理解されないもの)、その秘密に秀でている人にのみ開かれると考える。この解釈者は自分の解釈に殆どあるいは全く説明なしで、聖書の箇所を意味ありげに語る。
18.聖書の権威に補足する:聖書の預言後に出た新しい啓示。聖書に代えて、または付け加えて権威を置く。
19.聖書の権威を拒否:聖書全体、または一部分が他の「権威」(例:理論、何かの啓示)に合わないので引っかかり、省かれる。
20.世界観による混乱:聖書の記事の文化的誤解と、適用方法の間違い。
James Sire著 " Scripture Twisting " p., 155 ff. IVPより訳
観察と解説が終わりました。今、あなたは聖書研究の最後のステップ「適用」に移ろうとしています。聖書研究のゴールは適用です。みことばは最後に応答を要求し、人生を変えたからです。
地固めとしての観察と解説をし、今あなたは、質問の準備が整いました。-この書又はこの箇所の基本的真理はこの21世紀を生きる私にどのように関連するのでしょう。
ジョシュ マクドウェル著「みことばを理解する助け」より4つの質問を以下にリストします。その書又はその特定の個所の真理にこれらの質問を用います。神を待ち望み時間を費やすかもしれません。このステップを軽く扱わないようにしてください。
1. この書またはこの個所の基本的で、時間にとらわれない真理は何か。
2. この真理を私の人生にどう適用するのか。具体的に。
3. この真理に立つと、私は自分の人生で何が変えられるべきか。
4. どのようにそれをしていくか計画。具体的に。
5. 祈りをもって主にこのことを明け渡していく。
基本的な真理を見極めて、次の事を考慮してください。神はどの点において私を励まされているか。どの点が変えられるよう願われているか。もしその個所が教訓の場合、以下の質問をしてください。
私が信じることは何か。
私が変えられるべき態度や行動はないか。
神と、人との関係で学ぶことは何か。
私にとって「よき知らせ」とはなにか。
その書またはその個所が語りの場合、自分の考えをまとめるために以下の質問を考慮してください。
どの人物に自分を重ねるか。
その人物の人生から何を学べるか。
その人物の神にたいする反応は。
またはその書の中のある特定の出来事があなたの神との歩みの中にもみられる
かもしれません。
適用とはみことばという鏡を覗き、変えられた人となってその場を立ち去ることです。
適用の落とし穴
ジョシュ マクドウェルは、気をつけなければならない適用の落とし穴があると言います。
1.間違った解説からの適用
2.聖書の真理に感情的な反応を示すが、それに対する行動が無い
3.葛藤に対するすばやい結果がみられず、生き方が変わらない
「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思うので、聖書を調べています。その聖書が、私について証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。」 ヨハネ5:39-40
正しいものを摂取していますか?命の木と善と悪を知る木がエデンの園に置かれたように、神のことば(レーマとロゴス)を読む中にも、命と死が見いだされます。神のことばを学ぶのに、単に私たちの思考能力に頼るなら、善と悪を知る木から実を摂ることになります。知識それ自体は、良いものとしても、決して命を与えるものではありません。むしろ、知識というチャンネルを通り、まず、死が入り込みました。(創2:17)一方、主を待ち望み、聖霊が神のみことばを私たちに照らされることを望むなら、私たちは命の木を味わいます。どのように、命の木から食べるのでしょう?命の木から食べるための原則は、簡単に、依存する事です。どんなものでもこの原則の外にあるものは知識の木に属します。(ヨハネ15:5)
強調されている事は、適用は聖書研究のゴールであるということです。このゴールに到達するにはどうするのでしょう?メディテーションを通してです。日々、神のことばを告白し、熟考する事が良い考えを開墾します。時間と共に、これらの考えは思考の中で絵やヴィジョンとなります。これらの考えが思いを満たすとき、それらを成就したいと強い願いが心から湧き上がります。
旧約聖書で、ヘブル語の2つのことばが「meditate」と訳されています。「Siyach」と「Hagah」です。「Siyach」の意味は、ことばとしてまたはことば無く、熟考し、思いの中に入り込んだじっくり深い考え。「Hagah」の意味は、一つのゴールに向かって思いを浄化し正しくする。
したがって、黙想をもってまたは自身で大きく声に出して、どちらであってもメディテーションとは、みことばをじっくり考える時として捧げる行為なのです。それはひとつの習慣で、ある特定のみことばにたいし、それが自分の魂に鮮明、明察に入り込むまで告白、熟考する思いの表れです。思いが乱れていたり分裂していたり、思い煩う心があれば、決して実りあるものとはならないでしょう。受入れる心に、聖霊はみことばを啓示されたレーマとして照らします。霊的思いを耕し育むこと、それには熱心さが求められます。メディテーションに近道はありません。真の信仰は地道な行程を要します。真の熟考者は分かたれた生活をします。メディテーションで成功するには聖さが不可欠です。思いが聖ければ、その人も聖いのです。
メディテーションとはどのくらい聖書を読むかではなく、
どれくらい自分に届いたのかが大切です。
文献:The Musing Mind, by Jedidiah Tham, Living Lilies
1.人生におけるみことばの重要性:
みことばの力は:
― 新しい人生をもたらすため。
― 権限と創造のため。
― 成就をもたらすため。
2.人生におけるみことばの働き:
― 弟子を生む。
― 私達を正し戒める。
― 訓練し戒める。
― カウンセラー。
3.みことばに対する正しい態度:
― みことばを愛し、それを通して神に語られたいと願う。
― みことばに完全に服従する。
― みことばに完全にゆだねる。
― みことばを実行する。
4.メディテーションの対象となるもの:
― 神ご自身
― 神の方法
― 神の御業
― 神の御心
1.箴言を以下のように分けて学びます。
第1週: 1,2,3章
第2週: 4,5,6章
第3週: 7,8,9章
第4週: 10,11,12章
第5週: 13,14,15,16章
第6週: 17,18,19章
第7週: 20,21,22章
第8週: 23,24,25章
第9週: 26,27,28章
第10週:29,30,31章
2.組になり作業をすすめます。
まず毎週課題となっている章を通読することからはじめます。大きな声で朗読します。授業ではこのために時間をとりません。個人の時間をあてます。
3.箴言を通して描くことのできるいくつかのテーマがあります。(含:比較対比されるものも)― リスト参照 ― リストの中からテーマを三つ選び、言葉、概念等を自分が感じたように聖書にしるしを付ける。
4.各週必ず暗唱とその聖句をもって神の前に出るとき(メディテーション)をもちます。
これは週ごとに選ばれた箴言のみことばをもっておこないます。
5.各週自分のパートナーと選んだみことばを各自で暗唱し黙想します。
6.その後、パートナーとその箴言(知恵)のメッセージを反映させたスキットを
つくります。(5分以内に終わるもの)クラスでそのスキットを発表します。
7.暗唱聖句は試験されます。
8.黙想(適用も含まれる)したことは、土曜日の夕方までに他の宿題とともに提出します。
トピック:
知恵、罪、舌、富み、高慢、怠惰、愛、楽しみ、成功、自制、モラル。
対比させられているもの:
神と人、期限と無限、真理とまやかし、富みと貧困、潔さと汚れ、正義と不正義、喜びと不幸。
箴言とは?
一節だけの場合や数節の場合がある。
普通、改行や間合いなどがヒントになるが、それはあくまでも選ばれたテーマによる。
普段、私達は一つの箴言に対して二節くらいを考えるが実際のテーマを通して見るともっと多くの節が含まれている可能性がある。自分達で判断すること。しかし、いい加減に短くはしない。
例えば:
1:8-19節は家の外においての誘惑に対する警告を語っている(喜びと不幸)が、8-9節だけを(知恵)として見ることもできる。
それは明白に主題とテーマ、その他による。
メディテーションの時、下の点に考慮する。私達の人生にどのように適用させられるか。
自分の選んだすべてのパッセージに関連するとは限らない:
・従うべき手本。
・要求に対する約束。
・繰り返して祈ること。
・従うべき命令。
・成就のための条件。
・注意すべき誤り。
・直面させられるもの。
・自分の人生において真似すべき人々についての事柄。
・書かれている人々の人生があらわしている、神に喜ばれない特徴で自分のうちにあるもの。
・その他、自分のすべきこと。
・パッセージを通して神が語られていること。
みことばの適用:みことばを黙想することは(メディテーション)霊的真理を発見するために探究することであるが、自分の生活にそれを適用しなければ何の意味も持たない。
各週詩篇の中から一篇選び、神を思う時を持ちます。
このときをディボーションの時とします。祈りつつ以下の事をみていきます。
考慮すべき点:
神はどのように描かれているか
このメッセージは何か
強調される事(もしあれば)
新約のどこにこの点をみるか
詩篇を学ぶ時要求される事:
1.その詩篇にタイトルを付ける
2.パラグラフに分けそれぞれにタイトルを付ける
3.自分の人生に時間的制限の無い真理を適用する
詩篇の分類:
1.悔悟の悔い改め:
罪に対する悔い改めの祈り、赦しのための叫び、神の憐れみと恵みだけにより頼む。
6、25、32、38、39、51、102、130、143。
2.知恵:
知恵と神にある聖い生活がもたらす徳の反映で、従うことにより祝福を望む。
箴言のように読む。
36、37、49、73、112、127、128、133、と箴言8。
3.悲嘆:
a. 個人的悲嘆:
個人的な危機、苦難、失望を神に打ち明ける。
3の一部、22、31、39、42、57、71、120、139、142。
b. 公共の悲嘆:
差し迫った、または既に起こってしまった国家的な惨事を表現。
12、44、80、94、137。
4.感謝:
a. 個人の感謝の詩:
人が神からある特定の祝福を受けた時の応答で聖所へ感謝を捧げに来る。
b. 公共の感謝の詩:
65、67、75、107、124、136。
5.賛美の歌:
神のご性格に対する応答。創造主として、イスラエルを守るお方として、歴史の支配者として称賛される。
8、19、33、66、100、103、104、111、113、114、117、
145~147、148、149。
6.救いの歴史の詩:
イスラエルにおこった神の救いのみ業の歴史を思い出させる。特に、エジプトからの解放と
一国家としての建国。
78、105、106、135、136。
絶望の中にあっても神は信頼できるお方という事実に注目させる。神に信頼していることを表現する助けとなる。
11、16、23、27、62、91、121、125、131。
8.忠誠の詩:
ダビデと彼のような王の生涯の特別な出来事に由来している。または、神のイスラエルの国への仲介者としての彼らの役割に感謝。
2、18、20、21、35、40、45、72、101、110、144。
9.契約再行典礼:
シナイ山で立てられた契約の再行に導く。おそらく神にコミットする礼拝の中で用いられた。
10.即位の詩:
年ごとのイスラエルの王の即位の祝い。
24、29、47、93、95~99。
11.シオンの歌:
神を拝する中心としてのエルサレムの聖都の祝い。神の地上での臨在の象徴。
46、48、76、84、87、122。
12.メシヤ詩篇:
59のメシヤに関する予言が詩篇の中にある。
2、8、16、22、23、24、26、27、35、40、41、45、68、69、72、78、87、89、102、109、110、118、132。
13。呪いの詩篇:
これらの詩篇は聖書のことばとしては受け入れがたいような極端な感情の表現を含む。他人について神に怒りの表現をするものを含む。しばしば、とげとげしく根に持つかのように見える。これらの詩を通して、神は私達に罪を犯すことなく怒りを持つことを許される。怒りが他人を傷つけることを許すことなく怒りを持つこと、それらは私達の怒りを神に表現することの助けとなる。それは、神の契約を破り神に反逆した悪者に対する復讐への叫びを含む。
12、35、52、58、59、69、70、83、109、137、140.
14.捕囚後の詩篇:
バビロンの捕囚後に書かれた。
74、85、106、126、129、137.
ヘブル詩
旧約聖書の三分の一以上が詩の形式で書かれ、もっとも愛読されているいくつかのパッセージを含んでいます。散文が頭で考える言語であるのに対し、詩は心で感じる言語です。詩篇、箴言、雅歌は明確に詩(歌)として位置付けられていますが、多くの預言書も詩の形式をとっています。申命記、ルツ記、エステル記、ハガイ書、マラキ書は詩を含みません。ヘブル詩は
1753年に初めて認識されました。それ以前は詩と散文との間に区別が設けられていませんでした。RSVは英訳聖書で初めて詩を詩の形として印刷しました。
正しい解釈のためにはいくつかのへブル詩の特性を理解することが重要です。
ヘブル詩の特性
1.並行法
ヘブル詩の鍵は並行法にあります。並行法は一つの詩の行で2~3の部分がある程度お互いに対応しあっています。考えに対して韻を踏むことで知られ、ある考えを持って考えをまとめる。下記のように並行法は分類されます:
A.同義的並行法
詩の2行目が第1行目の考えを別のことばで繰り返す。
詩篇19:1
「天は神の栄光を語り告げ、
大空は御手のわざを告げ知らせる。」
詩篇2:3
「さあ、彼らのかせを打ち砕き、
彼らの綱を、解き捨てよう。」
2行目は初めの行のすべての点において並行するわけではありません。これは、「不完全な同義的並行法」に属します。通常、もし一つの言い方が省かれると、もう一方が行のバランスをとるために長さを補うのです。
詩篇103:7
「主は、ご自身の道をモーセに、
そのみわざをイスラエルの子らに知らされた。」
詩篇105:10
「主はヤコブのためにそれをおきてとして立て、
イスラエルに対する永遠の契約とされた。」
B.対照的並行法
二つの点が対照的に一つの節に存在します。しばしば、第二行目は一行目の肯定的な確信に対して否定的な事柄で対抗します。2行目の冒頭は「しかし」で始まることが多い。特に箴言において。
箴言15:1
「柔らかな答えは憤りを静める。
しかし激しいことばは怒りを引き起こす。」
箴言10:1
「知恵のある子は父を喜ばせ、
愚かな子は母の悲しみである。」
時々、上記二つの並行法は混ざり合っている。
イザヤ1:3
「牛はその飼い主を、
ろばはもち主の飼い葉おけを知っている。
それなのに、イスラエルは知らない。
わたしの民は悟らない。」
C.総合的並行法
第2行目は、1行目に見えていない考えを発展させたり、完結させたりします。この並行法は
法則に拘束されてなく、応答していることばは他のようには揃っていません。
詩篇51:13
「私は、そむく者たちに、あなたの道を教えましょう。
そうすれば、罪人は、あなたのもとに帰りましょう。」
第2行目が第1行目の考えを発展させます。
詩篇1:2
「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」
詩篇1:1は「歩」むことから、「立」つこと、「着」くことへ発展を見せています。
D.象徴的並行法
これは同義的並行とたいへん類似していますが、文字通りの意味で書かれている中、一つの行に直喩か隠喩が含まれています。
詩篇103:13
「父がその子をあわれむように、
主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。」
第1行目は直喩:
詩篇42:1
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、
神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」
E.段階並行法(クライマックス)
第1行目のある部分が繰り返されますが、強調点はパターンをぬけたところで、節の終わりにクライマックスがおかれます。
詩篇29:1
「力ある者の子らよ。主に帰せよ。
栄光と力とを主に帰せよ。」
士師5:27
「彼はひざをつき、倒れて、横たわった。
その足もとにひざをつき、倒れた。
ひざをついた所で、打ち殺された。」
F.内向的または交錯的並行法
4行詩で第1行目と第四行目、第2行目と第3行目を対応させるように編成してあります。
詩篇31:3,4
「あなたこそ、私の巌、私のとりでです。 A
あなたの御名のゆえに、私を導き、私を伴ってください。 B
私をねらってひそかに張られた網から、私を引き出してください。 B
あなたは私の力ですから。」 A
詩は4行以上の場合もあるがバランスは保たれています。
イザヤ6:10
「この民の心を肥え鈍らせ、 A
その耳を遠くし、 B
その目を堅く閉ざせ。 C
自分の目で見、 C
自分の耳で聞き、 B
自分の心で悟り A
立ち返って、いやされることのないために。」
G.形式的並行法
総合的並行法の一種で二つの行で一つの行とします。「非並行法」ということができます。
詩篇110:1
「主は、私の主に仰せられる。
『わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。』」
イザヤ13:10
「天の星、天のオリオン座は光を放たず、太陽は日の出から暗く、月も光を放たない。」
ヘブル詩を学ぶ場合、上記の種類とそのいろいろな組み合わせがあります。
2.詩の他の工夫
A.リフレーン(繰り返し)
効果をもたらすために句や節を繰り返します。
詩篇8:1、9
「私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう」
詩篇67:3、5
「神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように」
B.含有
詩の始まりと終わりがお互いに対応しています。
詩篇20:1
「苦難の日に主があなたにお答えになりますように。」
20:9
「主よ。王をお救いください。私たちが呼ぶときに私たちに答えてください。」
詩篇103:1、22
「わがたましいよ。主をほめたたえよ。」
C.比喩
詩の中で比喩は幅広くもちいられています。
カイザリアで獄中にいた2年の間にパウロはその市においてユダヤ人と異邦人のトラブルの事を耳にしたに違いない。カイザリアは異邦の市であったが、ユダヤ人であるこの市の創設者へロデのゆえに少数派ユダヤ人は特権階級を与えられていた。この緊張が暴動を引き起こし、フェリックスを介しユダヤ人の立場が不利なものへとなっていった。ついにフェリックスは双方のコミュニティーの代表者らをローマに送り、ネロのもと討議させた。フェリックスが総督を交代し最終判決が出た時はユダヤ人の立場はより悪いものとなった。結果、ユダヤ人のセカンドクラス落ち(二級市民)。ギリシャ人からの侮辱が始まった。
AD66年9月に勃発した対ローマ戦争の要因はこれらの問題ゆえであろうとヨセファスは考える。クラウディウスはユダヤ人に好意的であったが、カイザリアにおいてネロの決定によって帝政は監視されることとなった。これは熱心党への支援を強めた。
熱心党グループは60年もの間ローマを拒否し続けていたので前記のことがこの党の支援を大きくした。しかし、実際戦争勃発はエルサレムで起こった。
フローラスはこのあたりにおけるローマの総督であり、富を渇望していた。ついに彼は神殿宝庫に押し入り帝国任務のためにと称し17タレントを押収した。これが暴動を引き起こした。これに対し彼は、先導市民を無差別に捕らえ、磔にし、市の一部を略奪させた。
その返報として人々は、アントニアの要塞と神殿との情報伝達をやめ、兵隊による突然の侵略や神殿付近の占領を防いだ。シリアは人を送りこの問題の終止を求めた。アグリッパは人々に延滞金の支払いや神殿―アントニアの要塞間の交通修復を勧告したが、このことはローマがフローラスを退けるまで彼の配下で行われると聞くと、人々は思いを変えた。神殿隊長エレアザルは、祭司を説き伏せ、皇帝の繁栄のための日々のいけにえの奉げ物をやめるようにさせた。これはローマに対する抗議行動であった。元々深刻な事態を含んでいたが、暴徒がアントニアの要塞を襲いローマ警備隊を一掃してしまったことによって一線を越えてしまった。
ローマ軍からマサダを奪ったばかりの熱心党はエルサレムの反乱を聞き、こんどは自分たちの番だとした。マサダの武器庫から武器を取り、メナヘムとともにエルサレムを行進しその西側を占領した。
エレアザルは対抗者を望まなかったので両グループは争いはじめ、非常な暴動ののち、メナヘムは彼らの指導者らとともに捕らえられ殺された。それから逃れた者たちはマサダに戻りAD73年の春までそこに立てこもった。
AD66年の11月、セスティウス ガルスはユダヤの行政長官には手に負えなくなっていた反乱を抑えるためにシリアから南へ軍を進ませた。彼はエルサレムの北側区ベゼサを占領するとすぐに引き上げた。おそらく、エルサレム全域を占領するほどの人数を持ち合わせていなかったからだろう。北を行進中軍隊はユダヤ熱心党に待ち伏せされた。その場所はベスホロンの小道でユダ マカバイがかつての戦いで大勝利を収めたり、過酷な損失を被って苦しんだりした所である。
翌春、ヴェスペシアンが到着し、この状況のため任務に就いた。そして、ガリラヤ、ペレア、西ユダ、イドマヤに渡り腰を据え、仕事をした。彼がエルサレムを包囲する段階になった時、ネロの死(AD68.6.9)と市民戦争のニュースが入った。この一報により、ヴェスペシアンはその軍事行動を一時停止し、すべてのことの成り行きを見ようとした。
その間、彼ら自身の中から、エルサレムにて3人の指導者が立てられた。エルサレム市にはシモン バル ギオラ、神殿にはギシャラのヨハネ、内庭には熱心党の指導者シモンの子エレアザル。
ヴェスペシアンがローマに戻り、息子ティトスが反乱を終結させた。ティトスはAD70、四月に包囲を始めた。
これは、ユダヤの歴史上とても暗い時期であった。ティトスは過ぎ越しの祭りの期間も都を包囲し続けたので、都は多くの人でごった返した。およそ110万人が死に9万7千人が捕虜としてとられた。ユダヤ人の苦しみは大きかった。
一方、ティトスは彼の軍隊とともにエルサレムに近づき、彼らの目前にある土地を平らに均すように指示し、果樹を含む木々を引き抜き窪んだ地をそれで埋め鉄岩地を粉砕した。その間彼は騎兵隊を彼らと都の間に一列に並べ、作業にあたっている者がユダヤ人に攻撃されないようにした。その場を均すのに4日かかった。それでローマ軍は野営をしティトスは残りの兵隊を連れてきた。彼は兵を配置し、騎兵、歩兵、射手7~8人の隊列によって城壁を取り囲んだ。
ローマ軍はエルサレムの北側から攻めた。そこは3つの城壁がすべて通っており、外壁はアグリッパ一世によって立てられたばかりの物であった。シモンは上部の市に熱心党員1万人と、ともに戦うイドマヤ人(エドム人)5千人を持ち、ヨハネは神殿内に6千人、エレアザルには内庭に他の2千4百人の熱心党員がいった。この3グループはローマ軍に対してはともに戦ったが、それ以外の時にはお互いに敵対しあっていた。
ヨハネは神殿周辺を守り、シモンは上部の市を守っていたがその間に位置する土地は焼かれ戦場となった。市民戦争はローマ軍が都の外側へ到着した時も続けられていた。
ヨセファスは言う「彼らは包囲軍が彼らに望んでいたすべての事をやってお互いに戦った。ローマ軍から苦しめられたと言うよりむしろ、お互いに打撃を加えあっていた。暴動が都を破壊し、ローマ軍が城壁を破壊した。」実際にローマ軍が都を攻撃した時は、このグループは共通の敵に対して共に戦った。
ティトスはユダヤ人たちのことをこう言った「この狂気に操られているだけのユダヤ人たちは、すべてのことを注意深く、用意周到に行う。彼らは戦略を続け、伏兵を設け、従属的で強い意志を保持し、お互いに忠誠なので、幸運がその戦略に成功を与える。」
ローマ軍は兵器や破城槌、その他を立て都を攻めたが、ユダヤ人は壁を乗り越え破城槌のてっぺんに飛び降り戦った。ユダヤ人は全く軍から離れず、都を出入りして彼らと戦い、活動を妨げた。
しばらくして後、北外壁が壊され、ユダヤ人は内壁へ後退した。ローマ軍は門を開け壁を壊し都の内へ陣営を移した。
ティトスは第1の城壁を打ち破ってから5日後、第2の城壁を取った。彼は兵士に殺人や略奪を許さなかった。都と神殿を保存させておきたかったためだ。彼らに修復を約束したほどであった。ただ反乱をおさえることが目的で、エルサレムを破壊する意図はなかった。それで彼は第2の城壁を倒壊させないという誤りを犯した。ユダヤ人はゲリラ戦を展開しはじめた。彼らはその町の路地、通り等を知り尽くしていたので、飛び出してきては人を殺し、すばやく逃げ去った。戦いは悪化し、ローマ軍は後退しなければならなくなった。城壁が破壊されていなかったので、撤退はうまくいかず多くのローマ兵は命を落とした。ユダヤ人は城壁の破れに死体をつめて壊れた所を塞いだ。しかし、3日後ティトスは第2の城壁を完全に倒壊させた。この時までに既に多くの人々が都内で餓死していた。
ティトスは包囲をゆるめ、和平に務めたが、ユダヤ人は懐疑的にこれは陰謀だと考えローマ軍を信用しなかった。ティトスはこの戦いの一時停止期間を兵隊への支払いに利用した。ヨセファスが仲介したが、和平はもたらされなかった。
あるユダヤ人たちはローマ兵のもとへ逃れ、地方へ行くことを許可され新しい生活をはじめ
た。この人々の中には、金を飲み込み、後日排出させ、手にしようとするものもいた。もし熱心党に逃亡を考えていることが知られた場合は、喉を掻き裂かれた。しばしば、金持ちはこの理由で殺され、財産は持ち去られた。
和平が退けられたので、包囲はなおも続き、窮状はさらに悪化した。穀物はどこにもなく、強盗が個人宅に押し入り、食物を探した。食べ物が見つかるとそれを隠したと言われ、住人は拷問を受け、見つからなければ、どこかへ隠していると思われ、さらにひどい仕打ちを受けた。強盗は家の住人が健康そうに見えると、食料があると判断してひどい拷問にかけた。餓死しかけている人は、死ぬままにさせておいた。人々は食料を得るためにもてる物すべてを売った。有力者たちは、弱者が貧困に喘いでいる間にも満ち足りていた。家族は食べ物のことで争った。他人の家の戸が閉まっていれば、強盗はこじ開けて中に入り食料を盗んだ。食料を出させるためにひどい拷問の手段をとった。
ヨセファスは言う、「この困窮した不幸な人々の陰部を埋め塞ぐこと、彼らの肝要な部分に鋭い棒を打ち込んだ。」これらのことをした人々は飢えていたからではなく、自分たちのために食料を蓄えるためであった。人々は夜中に城壁をよじ登り、周りの丘へハーブ等をあつめに出た。この人々は都へ戻って来た時捕らえられた。
ヨセファスは言う、「未だかつて、どんな他の都市もこのような窮乏で苦しんだことがなければ、どんな時代もこのような悪に満ちた世代を生み出したこともない....熱心党員らは、人間の屑、私生児で我が国の失敗作の落とし子である。」あるユダヤ人たちは城壁を越え、食物を得に出たところ捕らえられた.彼らは逃亡者ではなかったので、ティトスは彼らを鞭打ち、拷問し、磔にした。ティトスは、このことによってユダヤ人が降伏することを望んでいた.1日におよそ5百人も縛り上げ、ティトスは前線で働く兵士を彼らの擁護にあてる気もしなかったので、兵の憎しみのはけ口となることを許容し、それゆえ、彼らは十字架に釘付けになった。ヨセファスによると「それで、兵士たちは怒りと憎しみをユダヤ人に発散した。捕らえた人々を面白半分に、それぞれの十字架に釘で打ち付けた。あまりにも大勢になったので、十字架を立てる場所がなくなり、磔る十字架(木材)も足りなくなった。
都の内で熱心党は人々に、磔にされたユダヤ人は力づくで捕らえられたのではなく、ローマ軍のもとへ逃げていった人々であると、語った。
ローマ軍は城壁に対して堤防を築き、ユダヤ人は逆襲に出た。彼らは都から飛び出し、恐れを持たず、ローマ軍と戦った。橋板を燃やし、戦いに明け暮れた。ヨセファスは、「軍隊は混ざり合い、土ぼこりが広域に渡り視界を塞ぎ、大騒音がお互いの声を聞こえなくした。両隊とも敵も味方も判断つかなかった。」
ユダヤ人は、失うものは何もないとばかりに激しく戦った。橋板を失ったことはローマ軍にとって大きな痛手だった。ローマ軍にとって木材の不足は決定的で、運び入れるにも数マイルの距離を行かなければならなかった。彼らは都を征服することに絶望した。
ティトスは命令隊長と会議し、都を囲みこむ城壁を立て、食料の搬入と人々の外出を防ぐことを決定した。城壁内での飢饉は劣悪な状態となった。家族全体が一緒に死んでいった。2階は飢饉により死にかけている女性と子供で、市内の路地は老人の死体で埋め尽くされた。都全域が死で覆われていた。苦難が増大し、強盗がますますひどくなった。死んだ人々の家に押し入りその体を覆っていた物さえも奪い取った。
死体は城壁の外へ投げ落され、それを見たティトスは嘆き、幾人かでも救うことができればと攻撃を再開し、堤防をもう一度作った。それは11マイル離れた所から木材を運び込むことだった。この堤防は以前作られたものより頑丈で力強いものとなった。貧困はさらに悪化した。その町から逃亡する人々は、シリア兵かアラビア兵に捕まり、体の中に隠し持っている金を奪うために体を切り開かれた。一晩にこのようにして2千人の人々が殺された。ティトスはなんとかしてそれを阻止しようとしたが出来なかった。この時、何千人もの死体が都の外に放り出され、人々は排泄溝や家畜の糞等をあさり、食料とした。ローマ軍の侵略の結果、この地域はすべての木が切り倒されて、全く景色が変わってしまった。
ついに、ローマ軍はアントニアの塔、神殿の北西部にある要塞を攻め取った。そしてこれを粉砕した。ヨセファスが再び説得したので、あるユダヤ人はローマ軍側へ逃れた。
ローマ軍は聖なる地に強い関心を持っていたので、神殿が破壊されることを望まず、ヨハネが戦場を別の場所に移すかどうかと提案した。(ティトスはユダヤ人が聖地をこのように扱っていることを嘆いた)ユダヤ人はこの提案を、相手が怯え始めたためと受け取り、もっと横柄に、傲慢になり戦いを再開した。アントニアの塔と神殿の間は狭く、ティトスは全軍をそこに送り込むことは出来なかった。それで、特に勇敢な30人の兵士をそれぞれの百人隊から選び出し、特別班を組み、神殿警備隊を攻撃した。その間、別隊は入り口を拡大させるため粉砕を続け橋板を作った。そして神殿に火を放った。ユダヤ人は、ローマ軍を異邦人の庭へおびき入れ火を放った。
一方、都内の飢えは極限に達した。人々は靴や盾の革、干し草の束等文字通り何でも食べた。
ヨセファスは、ある母親が自分の息子を料理し、半分食べたケースを記している。
橋板を設置し、ティトスは神殿を攻撃した。神殿を保護したかったが自分たちの兵士が危険にさらされていたので、とにかく門に火を放つよう命令をくだした。ついに、神殿全体に火が、
まわり、多くの血が流された。兵士らに狂気が襲った。彼らの心に潜んでいた憎悪が放出さ
れ、目に入るすべての人、子供、老人、祭司、だれもが殺され、金銀が略奪された。シリアの金市場において金の価格が下落するほど大量の金が奪われた。1パウンドの金はそれまでの価格の半分となった。
神殿のまわり全域は血と死体とで埋め尽くされていた。この段階でティトスは残りのユダヤ人が降参してくれることを望んだがそうはならなかったので、都の残りをすべて焼き略奪するよう命令した。都の低地部は既に市民戦争によって略奪、焼き討ちにあっていたので、ローマ軍は都の上部に向かう所だった。都の上部は、餓死または熱心党によって逃亡すると思われて殺された人たちの死体で覆い尽くされていた。逃亡者は奴隷として売られたが、誰も彼らを買いたいと思わず、彼らはただ同然に取引された。
ローマ軍が都の上部に入って来たので、ユダヤ人は恐れ逃げ惑った。ここでもローマ軍は目に入るすべての人々を殺した。家々を破壊し押し入ったが、死体の放つ腐敗臭のためそこから去った。そして都に火を放った。ヨセファスは言う「あまりにも大量の血が流されたのでそれによって火が消されるほどであった。」シモンとヨハネ(前出)を含む幾人かのユダヤ人たちは地下洞窟に逃れた。
ローマ軍は殺すことに疲れたので、兵隊、老人、弱りきっている人だけを殺すことにした。他の人々は女性の庭に閉じ込められ、若者はエジプトの鉱山や、競技場で獣と戦わせられるためローマへ送られた。そして17歳以下の子供たちは奴隷となるため連れて行かれた。(申命記28:68;ホセア8:13;9:6)
捕虜9万7千人、死者11万人の殆どがエルサレムの市民ではなく、過越しの祭りのために来ていた人々だった。戦争が始まった時は、3百万人もの人々がいたに違いない。
ローマ軍は洞窟を探り見つけた人を殺した。ヨハネは捕らえられ終身刑、シモンはローマへ連行され虐殺された。城壁は破壊され、幾つかの塔が残った以外すべてが地に落ちた。
(ネロ)
「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです…彼らは―神のしもべなのです…」ローマ13:1,6 パウロがこれを書いた時点では、ネロが皇帝であった。この男が帝国を支配することに対して従っていくには非常に困難が増大しつつある中での勧告。
子供時代
AD37年12月15日 ルキウス ドミティウス アヘノバルバスは、イタリアのアンティウムにある皇帝カリグラの邸宅で生まれた。彼の祖父は、ローマ初代皇帝アウグストスの兄弟の孫にあたり、母はそのひ孫だった。父親はルキウスが12歳の時自然死しており、母アグリッピーナは若く、彼女の伯父クラウディウス皇帝と結婚した。AD50年、彼女はクラウディウスを納得させ、ルキウスを養子とし、ネロ クラウディウスと名前を変えた。
AD53年、ネロはクラウディウスの娘オクタビアと結婚することによって、クラウディウスの義理の息子となった。アグリッピーナは16歳になった自分の息子を操ることに成功しクラウディウスの死後、自分が皇帝の座に着いた。
皇帝時代
アグリッピーナは、野心に駆られ帝国を支配したがり、AD54年、夫を公の晩餐会で毒殺した。即刻ネロを即位させ、政治的敵対者をすべて殺すよう指示した。彼女は彼と共に帝位に着いて、コインの銘となり、アウグスタの名称を取った。
ネロには2人のアドバイザーがいた。執政官長で軍事と行政問題に携わるセクストス アフラニウス ブルスと、ルキウス アンナエウス セネカ―ネロの広報係りで個人的アドバイ ザー。セネカはその帝国の中でストア派の哲学者であり、中でも際立っている人たちの中に数えられ、文筆家であった。ネロに後見人として、また後にはアドバイザーとして強い影響を与えた。ストア主義は認識論において大変に経験重視的で、基本的に「もしそれで気分がよければそれをすればよい。これこそが真理の本質であるから。」と謳っている。ネロのライフスタイルはこの体験志向が皇帝時代の初めの8年間に滲み出ていて、政治に何も関心をよせ ず、あらゆる快楽に耽っていた。自らを詩人、歌人、音楽家、俳優、陸上競技者、馬車の御者だと誇っていた。
ネロ統治の初めの5年は、彼のアドバイザーたちの円滑な働きによって「黄金時代」とよばれた。しかし、その時でさえ彼は自分を邪魔するものを許さなかった。彼の兄弟のブリタニクスが執務を始めて1年後、密かに彼を毒殺し葬った。AD54年、ネロはアグリッパ王の王国をシリアに広げた。感謝の気持ちを示すためアグリッパは、首都名をネロニアンズと変更した。AD59年、母親の、彼の私生活や公職に対する干渉にうんざりし、ネロは母親を殺してしまう。AD60年、英国のボウディシアが反逆するが、ネロはこれを鎮めた。これは遠くから嵐が起こる前触れにすぎなかったが、ついにネロは不意を突かれることとなった。
AD62年はネロの生涯において重要な年となった。帝国の行政長官ブルスの死、プレッシャーによるセネカの引退(ネロは彼を自殺に追い込もうとしたが失敗、ついにAD65年に反逆の疑惑で死に至る。)ネロは彼の妻を殺害し、長年の愛人ポッパエア サビナと結婚した。彼女は少し前に夫から引き離されていた。
彼女は、「神を敬う人」との評判があり、ネロに対しエルサレムからの神殿代表者の要望に
応えるよう説得していた。ユダの総督フェストとアグリッパ王は、神殿で起こっていることを見るのに妨げとなる城壁に反対し、それを取り壊してしまいたかった。ユダヤ人は壁を維持していた。そのころ使徒パウロがネロに上訴するためローマにやって来た。おそらく、この頃からこのパウロの弁明によってユダヤ教からクリスチャンが分けられるべく認識がもたれ始めたのであろう。
ネロ個人の宗教理念はその性格と少しも矛盾していない。初め、彼に敬意を表するための神殿奉納に公費を使用することを回避したネロは、後、自分を高め、太陽神の化身として浮き上がらせた。目にあまる不品行のためアウグストスによってローマから追い払われていたカルト、セラピスはネロのもと保たれ認識され、すべての州にはびこった。また彼は星占いによって大事な物事を決定した。(ネロは神によって立てられた権威であることを留意しておく。ローマ13:1~7)
ローマの大火
AD64年7月19日、深夜を回った頃、満月の後の夜パラティン丘とカエリア丘の隣接する、ローマの円形野外競技場の外側を取り巻く並木道にある店に、可燃性のものが大量に置かれてあり、炎と大火の元となった。火がそこを襲い、風によってあおられた。火災は5日間市内で猛威を振るった。その火が収まった頃、新手の火災がティエジェリヌスの土地において発生した。市は14区に分けられていたが、内4区だけが残り、3区は完全に焼け落ち、残りの7区も深刻な打撃を受けた。パラティン丘の上の宮殿も焼け落ちた。
火災が始まったとき、ネロはティレニアン海岸のアンティウム(アンツィオ)にいた。
彼は急きょローマに戻り、自ら精力的に救援活動に身を投じた。ティベールの東側のキャンパス マルティウスと、宮殿の川の西側の庭をホームレスの群衆に開放し、仮設小屋を立て、穀物を安値で供給した。
それにもかかわらず、ネロは殆どこれらの人々から感謝されなかった。火災が事故であったとは受け入れられず、多くの人々はネロが自分の描いている都市を立てるために策をめぐらしたと思った。この火災の間、彼が自作自演の演技に酔いしれて、燃えるトロイを歌ったとの話が広まった。また、火を消そうとした人々は、ギャングに脅かされ、妨げられたとの噂もあった。他方、ある人々は命令され、火をもっとつけるよう言われたのだといった。タキトゥスは言う「おそらく彼らは命令されたのか、もしくは、そこら辺にあるものをただ略奪したかっただけかもしれない。」
市街の建て直しは精力的に行われ、狭く曲がりくねった通りや、特に火事になりやすい、不ぞろいに立ち並ぶ高層アパートの代わりに、幅広い通りと、大きな建物は石造りで防火材の認可を受けることとなった。長屋風の家は禁止され、家主はすぐ使用できる消火器を取り付けることを要求された。
しかしネロはいつまでも疑われ続けた。火事で焼け落ちた以前の物の代りに建てられた彼の新しい宮殿「黄金の家」はかなり豪華で、パラティン丘からエスクィリンにまで拡張されて広大だったので、その時の歌は、以前の宮殿の残っているものでローマが建て直されたと描いている。ネロはそれを知り、都合よく犠牲者を立てた。今、ローマにおいて大きなコミュニティーを作るほどになったクリスチャンは、その大火を誘発したと告訴された。なぜクリスチャンが? まず、彼らは人類の敵と呼ばれた。彼らの非社交的な態度はみんなに嫌われた。ローマ人の生き方の大部分はクリスチャンにとっては、不品行とか偶像礼拝とかという、妥協をなさない部分において縛られていた。(ユダヤ人ももちろん等しく敬遠されていた。彼らは異なる民族で、自分たちだけの祖先からの宗教を持っていた。)しかし、ローマの異邦人クリスチャンが敬遠されるのはそのような理由ではなかった。ユベナルの言葉では、彼らは「オロンテスの汚水をテルベ川に放出していることに関与している。」スエトニウスには、彼らは「新奇で有毒な迷信を持つ人種」である。タキトゥスは彼らを「邪悪で名高い」と表現した。それだけではなく、普及しているキリスト教の終末論が、火によるこの世の終局は、遠い未来の事ではなくその「終わりの日」とはすぐにいつでもやってくるというものであったことは、単純な人々 が、これがあの来たらんとする主の日と考え、そのように歓迎することに何の不思議があるだろうか。彼らの持ち物は、周りの人の物とともに燃えつきていった。けれどそれが何であろう。もし神の都市、聖徒の国がこの廃虚に建て上げられるのならば、もしそのような意見が火災の中声としてあがったとすれば、告訴を覆すことはかなり困難であった。
「第一に」タキトゥスは言う「告白した人々は逮捕された。」何を告白したのか?クリスチャンであることなのか、放火したことなのか。過激な者の一人二人がそれをしたと言うことは考えられることで、彼ら自身が企てたか、幇助したかもしれない。いずれにせよ、彼らは告白において、関係者の名前を強制的に白状させられ、その結果、大衆が確信したことは、放火罪というよりも彼らは人類の敵ということであった。刑執行は一般的な娯楽のための機会とされた。ネロの宮庭がそのために使用された。タキトゥスによると、あるものは磔刑、あるものは動物の皮を着せられ、犬に狩り襲われ、あるものは松やにをかけられ暗夜に生きたままたいまつとして燃やされた。30年後ローマのクレメントは大勢の信者がどのように過酷な艱難を耐え忍んだか、キリスト教徒の女性たちがどのように「ダースとダネアスの娘たち」を観客の快楽のために演じさせられたか、どんなにそれが残虐だったか、クリスチャンであれば誰でも重い罰を受けるに価したがそれは市民の安全を守るということよりも、ネロの残忍な欲望を満足させるためのものであった、と述べた。これは一般的な迫害ではなく、政治、宗教に基づいて考慮された判断でもなかった。むしろ、狂人の忌まわしい気まぐれが露呈したのだった。
火災の非難を回避するために、ネロはホームレスと傷ついた人々を保護し、税金を救援のために当て、穀物を貧しい人々のため安くした。短いクリスチャンの迫害期間の後もクリスチャンの放火は信じられていてパウロとペテロも処せられた。初期の執筆家で伝統の認承者であるエウセビウスは「彼らはネロのもと記録した。パウロはローマにて斬首、ペテロも磔にされ、この記録は今日まで、ペテロとパウロがその墓場につながりがあると認められている。」と記す。
AD65年、ガイウス カルプルニウス ピソ擁立の陰謀が発覚。ネロは犯罪者を殺したが、相変わらず無実の人たちも殺された。他に、ローマ市民の苦情のリストに加えられる問題も浮上した。不必要な消費や、下手なマネージメントの故、帝国国庫が底をつき、ネロは、すべての裕福な人たちに重税をかけ始めた。恐れが金持ちを襲った。ネロが、偽った名目でごまかし、土地を押収し、貴族を殺し、金持ちを自殺に追いやり、持ち物すべてを巻き上げた。それは、エルサレムの神殿で皇帝のために毎日生贄がささげられている間続いた。それは、AD66年の夏、公式にネロの政権を放棄したときに終結した。
AD67年、ネロはギリシャに行き、彼自身取るに足りない作家で演奏者であったにもかかわらず、どこへ行っても彼の詩と音楽は賞を取った。ローマ市民は彼のギリシャ文化へのうわべだけの愛好を嫌いまた、彼の感謝の気持ちからギリシャへの自由を認めたことに腹を立てた。AD68年の半ば頃、帰国の際、ガウル、スペイン、アフリカにいる彼の指導者たちは反乱を起こした。ローマは、近衛兵と元老院が彼を見捨て、陰謀を企て騒然となっていた。ネロは希望がないのを見て取り、AD68年6月9日自殺した。これでジュリオ クラウディアン政権は終わった。
ネロの思い出は、公的に呪わしいもので、それまでの歴代の皇帝の中に、これほど嫌がられる評価をされた皇帝はいない。クリスチャンはこれを宣伝の武器として用い、後の皇帝が迫害の政策を取ったとき、ネロに模倣していると決め付けた。
すべての国民がネロに反対したわけではない。事実、ある人々はネロの死の報道を信じなかった。その数年間、自分をネロと言う人々が現れたりもした。それは、東の地域ではある程度の支持を受けた。また、ネロはよみがえって、ローマを支配するだろうと信じる人もいた。